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指揮者・竹本泰蔵が描く、巨匠ジョン・ウィリアムズの世界観

映画音楽の最高峰に君臨し、91歳となる現在も活動を続ける巨匠ジョン・ウィリアムズ。『スター・ウォーズ』や『プライベート・ライアン』、『シンドラーのリスト』、『ハリー・ポッターと賢者の石』といったお馴染みの作品を、映画音楽指揮の第一人者である竹本泰蔵さんが東京交響楽団、東京混声合唱団とニューレコーディング! オリジナル・スコアにこだわり、その魅力を掘り下げています。ここでは、本作『素晴らしきジョン・ウィリアムズの世界』のマスタリングが行われたキングレコード関口台スタジオを訪ね、ジョン・ウィリアムズ作品の楽しさや目指したサウンドなどについて、指揮者の竹本泰蔵さん、プロデューサーの松下久昭さん、マスタリング・エンジニアの矢内康公さんにお話をうかがいました。また、文末にレコーディング・エンジニアを務めた増田晋さんに寄せていただいたコメントもご紹介します。音楽写真家・平舘平さんが捉えた素敵なレコーディング風景と共にお楽しみください。

写真:平舘 平(ホール)/山本 昇(スタジオ)

『素晴らしきジョン・ウィリアムズの世界』竹本泰蔵, 東京交響楽団


具現性のある映画音楽が好き

――キングレコードが2003年から続けている人気シリーズ「シンフォニック・フィルム・スペクタキュラー」でも精力的に指揮されている竹本さんは、クラシック・コンサートにとどまらず、オペラやバレエ、ミュージカルなど幅広いご活動で知られています。映画音楽をはじめ、こうした音楽にはどんな魅力を感じていらっしゃいますか。

竹本:音楽にはいろんな種類の表現がありますが、私にとっては具現性---つまり、何のために作曲されたのかという具体的な音楽を表現するのが好きなんです。オペラであったり、バレエであったり、もちろん映画音楽であったり。一方、絶対音楽的な交響曲などはその作曲家の頭のなかにしかない音楽とも言えるので、完全に理解するのはほぼ不可能で、僕はあまり好んで演奏はしません。現実に何のためにこの音楽があって、なぜこの音があって、どう表現すればいいのかが、できるだけ具体的に分かる音楽が僕は好きなんです。聴いてくださる皆さんとイメージを共有し、より音楽をお楽しみいただきやすいのではないかと思うからです。

――映画にはいつ頃から親しんでいらっしゃいましたか。

竹本:父が映画好きだったこともあり、僕が小学生の頃から毎月のように映画館に連れて行ってもらっていました。その頃に観たバート・ランカスター主演の『大列車作戦』などのアクション的な映画は、いまでも映像としてよく覚えています。

――今回の『素晴らしきジョン・ウィリアムズの世界』はどのようなコンセプトから生まれたプロダクトなのでしょうか。

松下:映画が本当に好きで、音楽音楽をよく理解して作品として表現できる指揮者である竹本さんと出会えたことで、「シンフォニック・フィルム・スペクタキュラー」などを長年にわたりシリーズ化することができました。そして、これだけのシンフォニックな曲を書ける映画音楽の作曲家で、しかもご存命であるジョン・ウィリアムズは僕のなかでも別格な存在です。もちろん、彼の作品はこれまでもたくさん録ってきましたが、ここで一度ジョン・ウィリアムズの世界観でまとめた作品も作ってみたいと考えました。


ジョン・ウィリアムズ作品に共通するもの

――今回も、「全楽曲オリジナル・スコアを使用」とのことですが、その意義をどう捉えていらっしゃいますか。

竹本:メロディも美しく、分かりやすい映画音楽は編曲されたものも多く出回っていますが、僕らがやりたいのは、本当のオリジナルに近いもの。クラシックと同じようなスタンスで、作曲家が本来したかったことをどのように具現化するかということに重きを置いています。そこで、楽譜は精査したうえで、間違いのないものを使用させていただいています。ただ、映画音楽というのは基本的に一度録音されればもうお終いと思われていたこともあり、楽譜がきちんと管理されることなく紛失したり、棄てられたりしてしまうものがたくさんあって、手に入れるのが困難な場合が多いんです。 しかし、ジョン・ウィリアムズは幸いなことに、彼自身がその重要性をよく理解していて、いまのオーケストラで演奏できるよう、ちゃんと楽譜を出版し残してくれています。これはオーケストラにとっては本当に宝物。クラシック音楽をずっとやり続けるなか、新しいクラシック音楽とは何かをみんなが模索して気が付いたら50年が経ちましたが、そこに一筋の明かりを灯してくれたのがジョン・ウィリアムズでしょう。オリジナル・スコアに注目することはまた、コルンゴルドやワックスマンら戦争でアメリカに渡った作曲家の歴史を知るうえでも非常に重要なことではないかと考えています。

――今回取り上げたジョン・ウィリアムズの5作品はどのように選ばれたのでしょうか。

竹本:ある意味でジョン・ウィリアムズらしいというのが大前提としてありながら、よほどのファンの方でもほとんど聴いたことがない曲も選んでいます。特に「ハリー・ポッターと賢者の石~子供のための管弦楽組曲」はいまのところCD化が確認されておらず、おそらく初録音ではないかと思われます。そして、チェロによる「シンドラーのリスト」。もちろん、パールマンのヴァイオリンによるヴァージョンが最も知られているわけですが、ヨーヨー・マが演奏するチェロの楽譜が最近出たんですね。今回はこちらのヴァージョンを取り上げてみました。このように、ちょっと珍しい作品も収録しています。

松下:初心者の方からオタクの方まで楽しんでいただける内容となっております(笑)。

――今回は東京交響楽団との録音ですね。共演はいかがでしたか。

竹本:東京交響楽団とはレコーディングのほか、「トムとジェリーとオーケストラ!」や「砂の器 シネマ・コンサート」といったコンサートなどいろんな形でお付き合いがありまして、今回も気持ちよくご一緒させていただきました。

松下:東京交響楽団は、元は東宝のオーケストラですから、そうした流れからも映画との相性がいいのかなと思います。


――ジョン・ウィリアムズの映画作品に共通する音楽性について感じられることは?

竹本:一言で表すなら「格好いい!」ということに尽きます。そして、技術的なことを申し上げれば、とにかく引き出しが多い音楽なんです。ジャズや民族音楽などなどいろんなところから、その映画に合ったものを即座に使用する。ほかの作曲家ではあり得ないことですが、そこに素晴らしさ、すごさを感じています。『ジョーズ』の音楽を依頼したスピルバーグが、あのテーマのアイディアを初めて聴いて目が点になったというのは有名なエピソードですが(笑)、スピルバーグ作品では以降、監督からダメ出しを受けたことが一度もないという話もよく知られています。いかに適切にものを捉えているか。そして、映画監督がやろうとしていることに対してどれだけ大きな力になっているかの証明じゃないかと思います。

――竹本さんとしても指揮棒の振るい甲斐のある音楽だと。

竹本:そうですね。本当にそう思います。そして、ジョン・ウィリアムズの音楽もオーケストレーターによって微妙にサウンドの違いが出てきます。リスナーの皆さんも僕も、そこまでの変化を捉えて感じることができれば、益々楽しみ方も深まると思います。


編成の多彩さを自然に表現するサウンド

――「シンフォニック・フィルム・スペクタキュラー」もそうですが、オーディオ的なこだわりも作品の価値を高めていますね。

竹本:楽しみである反面、バレてしまうところもあるので怖いという両面がありますが(笑)、今回は私もその1人としてジョン・ウィリアムズ・ファンの皆さんが楽しめるものを作りたいと思っています。

――今日はマスタリングに立ち会われて、サウンドに関してはどのような印象を持たれましたか。また、指揮者として、どのようなポイントで試聴されたのでしょう。

竹本:例えば「ハリー・ポッターと賢者の石~子供のための管弦楽組曲」は、70〜80人の大オーケストラからたった3人のファゴット、ハープとコントラファゴットの2人とか、人数の差も激しく、表現していることも様々です。それをトータルで聴いていただくときに、どうすれば自然な音場やサウンドで楽しんでもらえるかを考えながら、エンジニアの矢内さんと相談しながら進めています。いまのところすごくいい感じに仕上げてくださっています。

――矢内さんは今回のマスタリングをどのような点に重きを置いて作業されているのでしょうか。

矢内:竹本さんの頭のなかにはアイディアがいっぱいあるんですね。僕は、そんな竹本さんの想いをいかに音として落とし込めるかを心掛けて作業しています。お話のとおり、今回は編成も様々ですので、レベル感や人数感、ホール感といったポイントに注目しながら、竹本さんとやり取りして進めています。

――言葉で表すのは簡単ですが、それぞれに最適な音を表現するのは大変そうです。

竹本:はい、実はすごく難しいことなんですよね。

矢内:そうですね。ただ、音は聴いていただくのがいちばん早くて。うかがったお話を僕の解釈で「こうかな?」と、音にして確認していただくと……。

竹本:「それ!」って(笑)。

矢内:そういうことを繰り返しながらやっている感じですね。前作もご一緒させていただきましたので、ある程度お互いが分かっている部分もあるかなと思います。

松下:2人とも引き出しがたくさんあるので、やり取りを見ていると面白いんですよ(笑)。

――なるほど。では、今回のシステムや機材の特徴は?

矢内:アナログを通さず、すべてデジタルで行っています。ですので、コンプやEQはどれもプラグインを使っています。作品によってやり方はいろいろで、もちろんアナログの機材を使うことの良さもあるのですが、今回はアナログ伝送による音の損失をなるべく少なくしたいと考えました。フルデジタルとすることで、音の鮮度とか、より細かな部分のニュアンスを活かしたいと思ったんです。

――ところで、竹本さんが今後に向けてトライしてみたい映画や作曲家は?

竹本:全く個人的には、先ほど名前を挙げたコルンゴルドとワックスマンです。ヨーロッパでクラシック音楽の未来を担うはずだった彼らユダヤ人作曲家はナチスの台頭によってアメリカに移っていきました。でも、そこで映画と出会った彼らは、クラシックとも映画音楽とも言える作品をたくさん作っているんです。いまは演奏される機会がほとんどない彼らの音楽を、ジョン・ウィリアムズまでの架け橋としてご紹介できたらいいなと思っています。

――ありがとうございます。では最後に、Qobuzリスナーへのメッセージをお願いします。

矢内:192kHzでレコーディングしたものを、マスタリングも192kHzのハイサンプリングで行っていますので、ぜひハイレゾで聴いていただきたいですね。僕らとしても、いい音をそのままお伝えしたいという気持ちがあります。やはりハイレゾのほうが狙いどおりの音が表現できていると思います。

竹本:例えば「スター・ウォーズ エピソード1 ファントム・メナス」では合唱と大オーケストラによる大音響、素晴らしい響きをお楽しみいただけます。また、「ハリー・ポッターと賢者の石~子供のための管弦楽組曲」では、先ほども触れましたように、たった2人だけで演奏しているハープとコントラファゴット、ファゴットの3人、ホルンの4人といった組み合わせのジョン・ウィリアムズもお楽しみいただけます。非常に幅広いサウンドをぜひ感じ取っていただきたいですね。

松下:竹本さんもおっしゃるように、今回は特に「オーケストラのディズニーランド」と言いますか、おもちゃ箱のようにいろんな楽しみ方ができるようになっています。オーケストラの魅力を存分に感じていただきたいと思います。指揮者や演奏家、スタッフのこだわりが凝縮されているこの作品の面白さは、ハイレゾでお聴きいただくことでよりお分かりいただけると思いますので、じっくりとお楽しみください。


「高揚感が出るような迫力のあるサウンドを目指しました」 増田晋さん(レコーディング・エンジニア)

――本作『素晴らしきジョン・ウィリアムズの世界』のレコーディングが行われた武蔵野音楽大学「バッハザール」はどんな響きのホールでしたか。

こちらのホールは派手な響きはなく、落ち着いた感じで残響も長くなく、録音するのに特に苦労はありませんでした。

――今回のマイキングのポイントを教えてください。

マイキングは全体をとらえるL-C-Rのメインマイクと、それぞれの楽器を狙っているオンマイクで構成されています。毎回のホールでのオーケストラの録音で私が一番に気にするのは、弦全体を細くならず、ふくよかな音に録音するということです。そのため、メインマイクとオンマイクのそれぞれの場所と角度ですべてが決まりますので、その点を一番に注意しました。

――ミックスで心掛けたことは何でしょうか。

やはり、ジョン・ウィリアムズの映画音楽をオーケストラで録音しているのですから、一言で言うと「迫力のあるサウンド作り」でしょうか。小さいところを気にすると、こじんまりとしたオケになりがちなので、全体に高揚感が出るように心掛けました。

――竹本泰蔵さんとのお仕事で楽しみされていることは?

竹本さんはオケを録音する直前にオーケストラの皆様へ、録音する映画の背景を短時間で話されます。やはりその話の後のオケは間違いなく良くなっていました。一つの共通イメージをオケに描かせるのは本当に素晴らしい作業だと感動しました。録音後のEdit、TDで竹本さんはスタジオに立ち会われて一緒に作業しましたが、ここではお伝えしきれないくらい、竹本さんならではの細かい演出が随所に散りばめられています。

――増田さんが考える本作の聴きどころは?

大編成の中に迫力のあるコーラス隊が入っている曲もあり、また、なかなか登場機会の少ないチェレスタの曲もあります。小編成から大編成まで、本当にバリエーションに富んだ作品群です。是非お楽しみください。