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バーバラ・ハンニガン(Barbara Hannigan)

ソプラノ歌手であり指揮者でもあるバーバラ・ハンニガン(Barbara Hannigan)が、いまや伝説となったエマーソン弦楽四重奏団のアルバム『Infinite Voyage』に参加。アルノルト・シェーンベルクの「弦楽四重奏曲第2番」は、最後の2つの楽章にソプラノの声が加わっている。エマーソン弦楽四重奏団の最後のアルバムは、20世紀初頭のゲルマン的レパートリーが見事に集められている。このアルバムの制作秘話を語ってくれたバーバラ・ハンニガンにインタビューした。

2021年、バーバラ・ハンニガンが、新型コロナウイルスの流行のすぐ後に居を構えたのは、ブルターニュ地方、プレスティン・レ・グレーヴ郊外のトレゴールという遠い田舎町だった。彼女の功績は数知れない。グラインドボーンから始まって、エクサン・プロヴァンス音楽祭、フェニーチェ劇場。国際的な賞の受賞、世界各地での創作やコラボレーション…。私たちは少し怯えながら彼女の家の前に立った。しかし、このカナダ人ソプラノ歌手兼指揮者は、好奇心の笑みを湛えながら、おおらかに私たちを迎えてくれた。彼女は、私たちがこの辺りから来たのか、なにか楽器を演奏するのか、その英語のアクセントはどこから来るのか、猫アレルギーはないか…といったことを知りたがる。「ここに3匹いるんだけど、知らない人にはシャイなの…」。その間、私たちはテラスに座ってコーヒーとチョコレートを飲んだ。インタビューというよりも、友人同士の会話のような始まりだった。

まずは、伝説的なエマーソン弦楽四重奏団とのコラボレーションで2023年9月8日にリリースされたアルバム『Infinite Voyage』の話から。新ウィーン楽派のレパートリーに特化し、パウル・ヒンデミットアーネスト・ショーソンにも少し触れたこのアルバムは、彼女と四重奏団との長い友情の歴史から生まれた。その友情は、最後の2楽章でソプラノを登場させるシェーンベルクの「弦楽四重奏曲第2番 作品10」を中心にして、さらに深まった。「2013年か2014年まで遡ります。エマーソン弦楽四重奏団から、この曲で一緒に仕事がしたいと連絡がありました。エマーソン弦楽四重奏団は伝説的な存在です。彼らからオファーを受けたことは私にとって非常に名誉なことでした。電話越しに叫びそうになるのをこらえたのを覚えています。」コラボレーションは最初から息が合った。「私は昔からの友達と一緒に過ごしているような気分でした。冗談を言い合ったり、建設的な批評をしあったり。たくさん働いたけど、とても楽しかった!」ニューヨーク、ベルリン、ウィーン、スイス。さまざまな場所で演奏したプログラム。「私は最後にこう言ったんです。私たちはこれを作品に残さなくちゃ、と。」

Infinite Voyage』は、エマーソン弦楽四重奏団にとって、感慨深い最後のレコーディング作品となった――彼らは2023年10月、47年の活動期間を終えてステージから引退することを発表した。レコーディング中、ハンニガンに余計なプレッシャーはなかったのだろうか?「もちろん、あったわ! 私は、彼らの栄光の旅立ちを祝うにふさわしいパフォーマンスをしたいと思っていました。レコーディング・セッションで何よりも印象に残っているのは、私たちを結びつけている友情、愛、そして尊敬の念です。」強い絆は、バーバラのパートナーである監督兼俳優のマチュー・アマルリックが、スタジオでのセッション作業を撮影し、70分に及ぶドキュメンタリーが完成。この映画は、2023年10月7日にパリで開催されたカルテットのフェアウェル・コンサートで上映された。


シェーンベルクの転機

ハンニガンは、シェーンベルクの第2四重奏曲に対する永遠の情熱を告白した。「エマーソン弦楽四重奏団に出会うずっと前から、何度も歌っていました。アルディッティ四重奏団ジャック四重奏団ディオティマ四重奏団とも、時にはこれを歌うために集めた仲間とも。この曲は、私にとって魅力的であるとともに、不穏な曲でもあります。この曲は、シェーンベルクの元から、マティルデ・ツェムリンスキーが画家のリヒャルト・ゲルストルと一緒になるために去ってしまうという、彼の人生において非常に辛い時期のものであり、調性から離れる転機となった作品でもあります。この出来事が彼の創作意欲を刺激したのでしょう。」このことは、1908年の創作当時、この作品が“暴動“を引き起こしたことを理解するのにも役立つ。「つまり、伝統的クラシック音楽の“暴動”です」とハンニガンは冗談半分に言う。

このカナダ人ソプラノ歌手のシェーンベルクへの傾倒は、彼女の舞台やスタジオでのキャリアという大きな文脈の中でよりよく位置づけることができる。その中で彼女は、20世紀の音楽、とりわけ新ウィーン楽派に特別な位置を築いている。彼女の好みは、セリーや十二音技法に特徴的である、刺激的な技術的挑戦に起因している。コロラトゥーラがどんな声楽的な挑戦にも応えられることはよく知られているからだ。「もちろん、このレパートリーは技術的に難しいこともありますが、私が最も興味を惹かれるのは“decadence(退廃)“という概念です。英語では“decay(腐敗)”と共通の語源があり、何かが朽ちるには、まず花が咲かなければなりません! 私は、木が花を咲かせ、花を咲かせ、花を咲かせ…、そして枯れ始める。この転換点に魅力を感じます。そこには「別れ」という概念についての重要な考察があります。そして、シェーンベルクの四重奏曲は、調性和声に対する美学的な別れであり、このアルバムはエマーソン弦楽四重奏団にとっての別れのアルバムでもあるのです。

非常にドラマチックで、ほとんど演劇的とさえいえる、その音楽的ジェスチャーのビジョンは、この歌手が舞台上で化身した数々のオペラのヒロインに由来していると思われる。同名オペラのルル、『Written on Skin』のアグネス、『Lessons in Love and Violence』のイザベル、『La Voix Humaine』の“Elle”(フランス語で“彼女”の意味)など、この歌手の晴れやかな性格とは正反対の、暗く拷問的な役柄が多い。「バーバラ・ハンニガン、あなたはどんな暗い秘密を隠しているのですか?」彼女は笑う。「それについてはセラピストと話す必要があるわね!正直なところ、私にはわからないわ。実は私、ステージで死ぬのが大好きなの。『Written on Skin』でバルコニーから身を投げるのが大好きだった!」。彼女は何度も何度も笑う。「真面目な話、私たちは皆、愛する人を失ったり、別れたり、個人的な葛藤を経験すると思います。音楽にはほとんど神聖ともいえる、癒しと浄化の力があります。そして、最もタフで暴力的な作品であっても、私はそれに取り組むことに大きな喜びを感じています。そして、私はその作品に光を与えようとしているのです。私自身がプロデュースした『La Voix Humaine』では、ユーモアを少し加えて、ジョークも少し入れました!」と、彼女は生き生きとした身振り手振りで話してくれた。

指揮棒を持たない指揮者

オーケストラの指揮を思わせる動きは、近年ますます重要性を増している彼女のキャリアのもうひとつの側面である。ほとんどいつもタクトなしで指揮する彼女のコンサートの録音は、彼女の全身全霊の取り組みと、歌手の息の使い方を楽器の解釈へと再構築する方法を物語っている。「さらによく見てみると、ほとんどの作曲家が“歌われる”音楽のビジョンを持って、作曲していることに気づくでしょう。カンターレ、カンタービレといった楽譜の指示を観察するだけで十分です」。彼女の歌手としての経験は、楽器を演奏する学生のためのマスタークラスのゲスト・ティーチャーとしても高く評価されている。特に打楽器奏者にとって、楽器を歌わせることを学ぶことは真の挑戦だ。

しかし、オーケストラを指揮することは、彼女にとって簡単なことではなかった。「指揮者になることに特に興味はありませんでした。プロデューサーや音楽家、あるいは指揮者である同僚たちが、私にやってみろと言ってくれたのです。なぜなら、彼らは私に指揮ができると感じたから。」彼女が初めて公式に指揮台に立ったのは、2011年、「フェスティバル・プレザンス」開催中のパリのシャトレ劇場だった。「それが私のキャリアを方向転換させることになるとは思ってもみませんでした。でも、あることがきっかけで、このオーケストラを指揮してほしいとか、あのオーケストラの指揮をしてほしいとか言われるようになったんです。最初は、私のキャリアの80%が歌で、指揮は20%でした。今はそれが逆転しているんです!」

この逆転現象を、彼女は平然と受け入れている。「私にはまだ、自分のプロジェクトを選ぶ自由があります。もし来シーズン、私が歌うことだけを望めば、それも可能です。」。この2つの帽子は彼女にぴったり合っているようだ。「それ以上に、私の歌へのアプローチをかなり広げてくれました!私は長い間、年を取ることを恐れていました。なぜなら、私たち歌手には賞味期限があるという考えが根付いているからです。もちろん、いつまでも特定の役や楽譜を歌えるわけではありません。だからといって自分の声を永遠に使えないわけではない。私は他のレパートリー、他のスタイルを探求することもできるんです!」。ハンニガンはまた、異なるジャンルのミュージシャンとのコラボレーションも増やしている。彼女は現在、ニューヨークのジャズ・ミュージシャンであるジョン・ゾーンと来年の秋に向けての創作に取り組んでいる。

時代の声

ソプラノが活躍するのは、確かに現代的な作品である。現在までに、彼女は100曲近くの世界初演を行っている。2019年、英紙『ガーディアン』は21世紀のクラシック音楽作品ベスト25をまとめたが、当然のごとく、ハンニガンはその多くに参加している。ハンス・アブラハムセン(Hans Abrahamsen)の『Let Me Tell You』、ジョージ・ベンジャミン(George Benjamin)の『Written on Skin』、パスカル・デュサパン(Pascal Dusapin)の『Passion』...「これらのプロジェクトに携われたことをとても誇りに思っていますが、いくつかはもう歌わないことにしました。新しい世代が引き継ぎ、独自の解釈を提案することはとても重要です。歌えるのは自分だけではないはずですし、そうでなければ、レパートリーが消滅してしまう恐れがある。例えば『Let Me Tell You』では、この役にぴったりだと思う5、6人のソプラノ歌手のリストを編集者に送ったんです!」

数々の賞を受賞しているハンニガンは、2022年にグラモフォンの年間最優秀アーティストや、クラシックFMが選ぶ歴代ベスト・ソプラノ20の一人にも選ばれたばかりだ。彼女はこの栄誉を謙虚に受け止めている。「アーティストのエゴについてよく言われるけれど、ほとんどのアーティストは謙虚だと思う。ステージに立って聴衆の前に立つには、ある程度の自信が必要なのは明らかです。私はこの曲を歌います。演奏します。それはあなたにとって聴く価値があります…。しかし、ビジネスでは、“前回のコンサートと同じだけの実力はある”と言われます。そして、もし前回のコンサートが悪かったとしたら、さらに努力しなければならない。私たちのほとんどは、勉強と練習に多くの時間を費やしています」。

非常に人柄の良いバーバラ・ハンニガンは、インタビューの終了を告げるとがっかりしたような表情を見せた。だから私たちは、引き続きおしゃべりを続けた。実は最後にもうひとつ質問を考えていたのだが、それは彼女を困らせるだろうか? “何を訊かれるかわかっているわ! 女性オーケストラ指揮者であることについての何か。そうでしょう?”と彼女は茶目っ気たっぷりにからかう。しかし、この話題のついでに、きちんと整理しておこう。ポリティカル・コレクトネスやキャンセル・カルチャーが支配する制作現場から、音楽業界における性的虐待や性差別に対する価値ある糾弾に至るまで、独断的な意見から離れて自由なトーンや創造性を保つにはどうしたらいいのだろうか?「正直なところ、これほど広大なテーマである以上、明確な答えはありません。現代は物事の進め方に多くの変化があり、それは良いことだと思う。しかし、私は最近、私たちの社会における“ニュアンスの死“に関する興味深い記事を読みました。今、人々はこう言います。“黒か、白か、どちらかしかない。“しかし、“ニュアンス”は重要であり、健全なものです。どのような状況においても、私たちは時間をかけて見極めるようにしなければならないし、サブテキストを理解するようにしなければなりません。私のキャリアを通じて、明確な答えよりも、疑問の方が常に興味深いものでした。私はミステリーが好きなんです」。冷静な知恵に満ちたこの言葉を胸に、私たちはただ、彼女の猫たちに会えなかったことだけを残念に思いながら、その場を後にした。「シェーンベルクの話になると、猫たちは近寄らなくなるのよ!」