Panoramas

現代日本を語るインディー・アーティストたち

パンデミックを経て、全国各地でのフェスやライブが賑わいを取り戻した。そんな今、日本のインディー・シーンでのポップス、ロック・ミュージシャンの活躍がヒートアップしてきている。ここでは、じっくりと聴きたい、今注目するべきミュージシャンたちを紹介する。

渋谷系がブームを巻き起こした90年代、日本はレコードショップが林立する世界有数の音楽発信地だった。2000年代以降はK-POPが海外を制したのと対照的に、この国の音楽シーンは長い鎖国状態にあったが、ストリーミングやソーシャルメディアが普及し、アニソン、ボーカロイド、シティ・ポップなど島国で独自進化したカルチャーが注目を集めたこともあり、ようやくグローバル進出の糸口をつかもうとしている。

今年3月、グラミー賞の公式サイトに掲載された「2024年の常識を覆すネオJ-POPアーティスト10選(10 Neo J-Pop Artists Breaking The Mold In 2024: Fujii Kaze, Kenshi Yonezu & Others)」という記事では、Ado新しい学校のリーダーズCreepy Nuts藤井風羊文学米津玄師King GnuMAISONdesVaundyYOASOBIが「ユニークな音楽と文化を築き上げ、国際市場に進出している新世代」として紹介された。例外的に2010年代から世界で名を轟かせてきたBABYMETALは言うに及ばず、今年のコーチェラ・フェスティバルに出演したNumber_iAwichMegan Thee Stallionと共演した千葉雄喜XGimaseも大きなインパクトを放っている。

海外から熱視線を集めているのはメジャーフィールドだけではない。Lamp青葉市子の歌心は多くの信望者を生み出し、前者はMistkiのツアーに帯同したばかりだ。おとぼけビ~バ~の痛快なアティテュードとパンク・サウンドは世界に風穴を空け、Red Hot Chili Peppersのツアー・サポートにも抜擢された。日本の最重要ヒップホップ・フェス「POP YOURS」のヘッドライナーを務めたTohjiは、Mura Masayeuleとコラボし、日本と国外のシーンを接続しようと精力的に動いている。長谷川白紙Flying Lotus主宰レーベルBrainfeederと契約し、最新アルバム『魔法学校』にはデンマーク・ラジオ・ビッグバンド首席指揮者を務めるジャズ作曲家・挾間美帆も参加した。Ichika NitoはInstagramでのバズを起点に世界的ギタリストへと飛躍し、オルタナティヴ・ロックで現在最も影響力のあるbetcover!!、ブラックメタルとJ-POPを融合させる明日の叙景は、「Rate Your Music(編註:アメリカの音楽データベース&コミュニティーサイト)」を通じて海外リスナーからの高評価を勝ち取った。きくおのボカロP史上初となるワールドツアーは各都市で盛況だが、彼のようなレーベル無所属のアーティストが本国以上の成功を収める光景は、ひと昔前には想像すらできなかっただろう。

The Quietusの素晴らしい記事「The Quietus International: Japanese Music Reviewed by Patrick St. Michel」でも言及されているように、日本の音楽シーンはパンデミックを経て、アーティストの顔ぶれやヴェニューなど環境面だけでなく、そもそもの常識や思考回路が一変した。新しい世代が続々と名乗りを上げ、ジャンル/コミュニティーのクロスオーバーが進み、シーン全体が見違えるほど活性化している。近年、越境的かつチャレンジングな作品がいくつもリリースされているのは、そういう背景とも無関係ではないはずだ。

その充実ぶりを確かめてもらうべく、日本にルーツをもつ若手インディー・アーティストが今年発表したアルバム/EPから、筆者が選んだ現時点のベスト作を紹介する。


Dos Monos Dos Atomos

3人の同級生で結成したDos Monosは、所属するL.A.のレーベルDeathbomb Arcが輩出したJPEGMAFIAにも比肩するエクスペリメンタル・ヒップホップで台頭したあと、black midiとの欧州ツアーを経てロック・バンドに生まれ変わった。ラップ・メタルとプログレが融合した、本作『Dos Atomos』のコンセプトは「太陽と原子力」。BOREDOMS大友良英を二大影響源に、青春時代に愛聴した音楽を参照し、文学・哲学・マンガ・野球など無数の固有名詞をリリックにちりばめていく過程で、「オッペンハイマー」「ゴジラ」といった原爆にひもづく映画やアートにも言及。敗戦国に生まれ育ちながら(ヒップホップやロックを含む)アメリカの文化に憧れてきたアンビバレントなアイデンティティを再考する。ちなみに、本作に参加しているサックス奏者、松丸契が2022年にリリースした『The Moon, Its Recollections Abstracted』は近年屈指のジャズ名作だ。


Mei Semonesかぶとむし

日本では自国のポップ音楽を「邦楽」、海外(主に欧米)のそれを「洋楽」と区切る習慣が何十年も根づいているため、「邦楽」アーティストの海外進出をもてはやすわりに、日本にルーツをもつJOJIMitskiは拠点や国籍などの都合で「洋楽」とくくられ、国際的成功を収めたあとも彼らをうまく受け入れることができていない。時代遅れのカテゴライズはもうやめよう。横須賀出身の母をもち、ブルックリンを拠点に活動する日系アメリカ人のMei Semonesは、バークリー音楽大学で培ったジャズ・ギターにボサノヴァも織り混ぜ、複雑な変拍子を軽やかに奏でていく。さらに驚かされるのは歌唱表現で、J-POPに慣れ親しんだ耳では到底思いつきそうにない日本語の乗せ方が、素朴な声質と卓越したリズム感も相まってマジカルな情感を生み出している。「邦楽」でも「洋楽」でもない新時代のポップスだ。


downt Underlight & Aftertime

2010年代後半の東京インディー・ロック・シーンはチルいムードも蔓延していたが(シティ・ポップの影響も大きかった)、パンデミックを経てライブハウスの雰囲気も変わり、シリアスな空気を纏うバンドが目立つようになった。2021年結成のdowntは、海外で大躍進を遂げているMASS OF THE FERMENTING DREGSや、D.C.ポスト・ハードコア屈指の技巧派Faraquetを影響源に挙げるスリーピース。このバンドを特別なものにしているのは富樫ユイの儚い歌声だ。自分自身やどこにもいない誰かに問いかけるようなボーカルとリリックは、ざらついた手触りの屈折したアンサンブルも相まって、出口のない迷路をさまようようにも聴こえる。「自分の形すらわからなくなっていた」(「Yda027」)――喪失感や夜の孤独に、ただじっと向き合う音楽。この寂しさに救われるリスナーは少なくないだろう。


Glans slow tree

札幌からは近年、CARTHIEFSCHOOLfor sibyl乙女絵画など、一筋縄でいかない個性的なバンドが次々と登場している。2019年結成のGlansは、エモ/ポスト・ハードコアも影響源に挙げているが、彼らの音楽を豹変させたのはクラブ・ミュージックの音響体験だったという。『slow tree』は瞑想を思わせるドローンに始まり、マスロック的なビートが押し寄せ、最後の2分間でパンキッシュに爆発するまでの一部始終がシームレスにつながっており、トランシーな快感に満ちあふれている。このバンドがDJカルチャーに魅了されるきっかけとなったのが、札幌シーンの重要イベント「THE JUSTICE」を主催するthe hatchの山田みどり。ポストパンク系の楽曲でSpotifyバイラルチャート1位を達成し、2024年のダークホースとなったテレビ大陸音頭は、同郷の先輩であるGlansのライブを観て「とてつもない衝撃を受けた」と語っている。


valknee Ordinary

「ちっさい声が伝わる/バカなミームみたいに/誰かしらに繋がる/点が線になってる/誰か誰か!じゃない/ないならつくる」(「Over Sea」)とラップしているように、valkneeはキャリアを通じて新たな居場所を開拓してきた。2020年に「令和ギャルサークル」を掲げたZoomgalsを結成し、「SUPER KAWAII OSHI」でアイドルファンとして“推し”への気持ちを歌うなど、ヒップホップの男性中心社会/ストリート至上主義へのカウンターを提示してきた彼女は、翌年にハイパーポップ系プロデューサーhirihiriPAS TASTAの一員としても活躍)と出会ったことでサウンド面を刷新。『Oedinary』は彼女のマキシマリズムとオルタナティヴな作家性が濃密に詰まった最高傑作だ。ギャル・マインド、音楽シーンへの批評性、インターネット・カルチャーへの好奇心を兼ね備えているという点において、個人的な見解だがCharli XCXに通じる部分もあるように思う。


ピーナッツくん BloodBagBrainBomb

ピーナッツくんは2018年からVTuberとして活動する、赤いスカーフと白いブリーフを着た永遠の5歳児だ。筋金入りのヒップホップ・ヘッズとしても有名だが、そういった出自を知らなかったとしても、『BloodBagBrainBomb』には脳が爆発するほどの衝撃を受けるに違いない。まず耳を惹くのは、ハイパーポップに由来するカオスな音像とテンション。「Yellow Big Header」ではunderscoresの影響が垣間見え、グリッチポップの鬼才lilbesh ramkoや上述のhirihiriと共作した「Wha u takin bout」では音割れしたノイズがさく裂する(この曲はPitchforkにも取り上げられた)。さらに、みずからビートメイクした「Liminal Shit」ではラテンのリズム、VTuberの月ノ美兎を迎えた「Birthday Party」ではドラムンベースとジャージークラブを巧みに取り入れるなど、アルバム全編が混沌としているのに隙がなく、ここまで音楽的に攻めたラップ作品も珍しい。


パソコン音楽クラブ Love Flutter

古いシンセサイザーの音色に魅了された柴⽥碧⻄⼭真登が、80-90年代のハードウェアを駆使した楽曲制作をスタートさせたのが2015年のこと。ベッドルームの内省とクラブの高揚感を行き来してきた2人は、『Love Flutter』でダンス・ミュージックへと大きく舵を切った。音圧の太さと繊細なテクスチャーを両立した、クールで洗練されたプロダクションについて、彼らはOvermonoFred again..からの影響を公言している。その一方で、直系の先輩であるtofubeatsとの「ゆらぎ」や、大阪の後輩Le Makeupとの「Empty」を聴けば、彼らが大切にしてきた電子音のぬくもりや、行間に漂う詩情をしっかり発展させているのも明らかだ。共に2024年を象徴するアルバムを発表した柴田聡子や、MFSにもエッジーなトラックを提供して新たな側面を引き出すなど、抜群にさえたキュレーションもこのアルバムを傑作たらしめている。


Le Makeup 予感

Le Makeupが歌い奏でるフィーリングを言葉で説明するのは難しい。喜びとも悲しみとも違う淡いエモーション。lil soft tennisTohjiJUMADIBANTsKiなどジャンルの境界線に立つアーティストと共演してきた彼の音楽は、ラップとインディー・ロック、アンビエントや電子音楽がシームレスに溶け合い、それゆえに独特のムードをまとう。『予感』はパーソナルな日記的アルバムで、山本精一から購入したアコースティック・ギターをぎこちなく奏でているが、ラフな音響と起伏の少ないトラック、「自分と社会との距離をうまく保つためのフィルター」と本人が形容するオートチューンが、凡百のシンガー・ソングライター作品にはない豊かなニュアンスをもたらしている。彼が盟友のDoveと運営するレーベルPURE VOYAGEから発表された、吉村晶ネテイル』もベッドルーム・ポップの隠れた逸品なので併せて聴いてみてほしい。


天国注射 『春彦

景気も政治もお先真っ暗で問題だらけ。不寛容で息苦しい日本で暮らすことの困難さが、今日の音楽シーンに影を落としているのは間違いない。2021年に大阪で結成された天国注射は、山本精一が店長を務めるカオスとアバンギャルドの総本山、難波ベアーズを拠点とする関西アンダーグラウンドの継承者だ。彼らは「コンビニおにぎりのように大量生産されて捨てられる」若者の立場から、腐った世の中へのいら立ちをこれでもかと爆発させている。明確なのは資本主義が生み出す格差への怒り。激情的なポストパンク・サウンドはすさまじい迫力で、「idiot riot」で歌われているように、革命なんてそんな生易しいものじゃない。筆者は今年の夏、フジロックフェスティバル最終日の深夜にライブを目撃し、午前3時にモッシュの波を巻き起こす桁外れのエネルギーに圧倒された。その熱量はデビュー・アルバム『春彦』にも存分に込められている。