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ドイツ・グラモフォン 現役世代から今後を担う新世代アーティストまで

2023年に設立125周年を迎えた世界最古のクラシック専門レーベル「ドイツ・グラモフォン」。伝統を重んじながらも常に最先端を目指すこのレーベルの多様性にフォーカスし、4つの世代に分けて、各世代を象徴する演奏家とその代表作を聴いてみたい。今回は、現役世代から今後を担う新世代アーティストまでをご紹介したい。


クラシック音楽の伝統を引き継ぐ現役世代

ドイツグラモフォンのカタログで筆頭に上がるのが、中核に位置する現役世代のアーティストたちである。絶頂期を迎えたスター演奏家から、すでにベテランやヴィルトゥオーソの域に到達した演奏家まで、レーベルの人気を支える屋台骨としてその充実した演奏活動を繰り広げている。

ムター、ゲルネ、マイヤーは長い演奏歴のなかでつねに最先端を切り開いてきた実力の持ち主だが、いまも変わらず強い表現意欲を保ち続けている。ネゼ=セガンやドゥダメルは活躍する土俵こそ微妙に異なるが、中堅の指揮者として高い信頼を得ており、録音でも成果を上げている。ワン、バティアシュヴィリ、ガランチャ、A.オッテンザマーはいずれもレーベルを代表するスター級アーティストで、新録音が登場すると必ず大きな話題を集める。それぞれの分野、楽器でのキーパーソンであり、クラシック音楽の価値と伝統の継承という重要な役割を担っている。

ムターとジョン・ウィリアムズのステージでの共演は大きな成功を収め、このアルバムが収録された2019年以降も北米や欧州で絶賛を博した。アルバム化されたライヴ演奏の一部は映像でも楽しむことができ、クラシック音楽の枠を超えて人気が広がった。ムターの演奏スタイルと音色の特長を生かしたアレンジを受け止めて、ムター自身が躍動感あるヴァイオリン演奏で応えていることがよくわかるし、変化に富んだ選曲も秀逸だ。オーケストラを奥行きの深いパースペクティブでとらえた優秀録音。

ドイツ・リートの正統的解釈で右に出る者がいないバリトンの大御所マティアス・ゲルネがは20代前半の若手ピアニストと組んでベートーヴェンの歌曲集を録音した。ベテランの歌手と新人ピアニストの組み合わせは最初は意外に思えたが、音楽を媒介に相互作用がはたらいたのか、生き生きとした鮮度の高い音楽が生まれた。2019年ベルリンで録音。

モーツァルトと同年代に描かれたオーボエ協奏曲をマイヤーが発掘して演奏したアルバムで、タイトルは失われた名作を意味する。中央に定位するマイヤーの独奏オーボエをのまわりを室内オーケストラの柔らかい響きが取り囲むウォームなサウンドが特長。マイヤーのオーボエの音色の美しさを忠実に引き出すことを意識して再生したい。2013年ベルリン、イエス・キリスト教会で録音。

ネゼ=セガンは主にヨーロッパ室内管弦楽団と組んでモーツァルトのオペラ録音に取り組んでいる。ダムラウとプロハスカが理想的なコンスタンツェ、ブロンデを歌っているが、輝かしい高音が際立つヴィラゾンのベルモンテも必聴。バーデン・バーデン祝祭劇場でのライヴ収録だが演奏会形式なのでオーケストラと声楽のバランスが良く、長めの余韻がモーツァルトのオペラならではのアンサンブルの一体感を見事に引き出している。

ムターと並んでドイツグラモフォンを代表する人気ヴァイオリニストに成長したバティアシュヴィリが約10年前に録音したバッハ作品集で、オーボエとヴァイオリンのための協奏曲などオーケストラとの共演作品に加えて無伴奏ヴァイオリンソナタ第2番も収録している。室内楽と無伴奏作品はミュンヘンのヒンメルハート教会、編成が大きめの作品はグリューンヴァルトのアウグスト・エファーディングホールで録音。どちらもリッチな残響がヴァイオリンの美音を際立たせる。協奏曲では夫君のルルーがオーボエを吹き、C.P.E.バッハのトリオソナタのフルート独奏はパユ、豪華な布陣だ。

ヨハンソンのエングラボルンのオリジナル(リマスター版)と、それをベースに複数のアーティストが取り組んだヴァリエーションを一つのアルバムにまとめた作品。ヨハンソンは「ボーダーライン」や「メッセージ」で印象的な音楽を書いたアイスランドの作曲家で、映画音楽以外にも幅広いジャンルの音楽を手がけている。5年前に惜しくも亡くなってしまったので追悼盤になってしまった。「聖なる木曜日」のリワークに取り組んだ坂本龍一も故人となり、レクイエムのように響いて心を揺さぶる。

ソプラノのガランチャが故国ラトヴィアの合唱団とともに演奏したスケールの大きな声楽作品集である。自身に縁の深い深い作品ばかり集めたという選曲からガランチャの音楽的なバックグラウンドや作品への思い入れの深さが伝わり、コンセプトアルバムとしても興味深い内容になっている。アレグリにミゼレーレなど、オペラの舞台で接するガランチャとは別の一面を垣間見ることができるのは、ファンの一人として大歓迎だ。2013年ザールブリュッケン放送スタジオで録音。

ベルリンフィルの首席クラリネット奏者を務めるA.オッテンザマーがメンデルスゾーンの無言歌を自らのアレンジで演奏。同じ「ブルーアワー」のタイトルでCDも発売されているが、そちらにはウェーバーのクラリネット協奏曲やブラームスの作品も収録している。ここで紹介するのは配信向けにメンデルスゾーンに絞った選曲だが、同じ曲を弦楽アンサンブルによる伴奏とピアノ伴奏で演じ分けるなど、独自の工夫を凝らしている。オッテンザマーの柔らかく起伏の大きい音を忠実に引き出すことがポイントだ。

ユジャ・ワンの録音はその大半がドイツ・グラモフォンからリリースされているが、ほぼ例外なくヒット作となり、レーベルを象徴する人気アーティストに駆け上った。ラヴェルの2つの協奏曲をカップリングしたこのアルバムはユジャ・ワンの人気を一気に加速させた録音の一つで、華麗な演奏スタイルも大きな話題を集めたが、あらためて聴くと、奔放さよりも的確な音色の選び方など繊細な一面が浮かび上がってくる。2015年チューリヒで録音。

ロサンゼルスフィルが委嘱したアダムズのピアノ協奏曲にユジャ・ワンとドゥダメルが驚異的な集中力で取り組み、世界で初めて録音した注目アルバムである。低重心かつ重量級のオーケストラが時々追いつかないほどワンの独奏ピアノは切れが良くエネルギッシュで、音圧の大きさも桁外れ。大太鼓やティンパニが暴れても追い付かないほどの強靭なエネルギーを放つ。


今後の音楽界を担う新世代アーティストたち

ドイツ・グラモフォンは往年の名演奏家と名録音の進化を現代に伝え続けるだけでなく、若手世代のアーティストたちも積極的にサポートし、さまざまなボーダーを超えて幅広く活動する演奏家たちにもしっかりと目を向けている。しかも、知名度や人気を高めることを目的にしたプログラムにこだわらず、アーティスト自身の個性と意志を尊重したアルバム作りを支援することにも力を入れ、重要な成果を挙げている。

バッハはカレイドスコープ(万華鏡)のように多様な側面があるという持論を展開するオラフソンのバッハ・アルバム。テクニックも驚異的だが、音色とテンポの選び方がどこかグールドを想起させ、特別な感性の持ち主であることがわかる。この後に発売された録音も含めて、音色と響きへのこだわりの強さが際立っている。DGレーベルのピアニストのなかでは異色だが、目が離せない存在だ。

グドナドッティルは「ジョーカー」の映画音楽を書いたアイスランドの作曲家で、チェロ奏者としても活動している。既存の枠を超えて活躍し、ソロアルバムもリリースしているが、本アルバムは音楽を担当したケイト・ブランシェット主演の「TAR(ター)」のサウンドトラック盤として構成された異色の作品だ。ドイツグラモフォンが協力し、本作のレコーディング風景は映画にも登場。エルガーの独奏チェロを弾いたソフィー・カウアーはチェロ奏者として重要な役割を演じ、ブランシェットも実際にオケを振って録音に臨んだという。「ジョーカー」は映像と拮抗する重厚な音楽が強烈な印象を生んでいたが、「TAR」は映像とストーリーがヘビーで音楽に救いがある。「TAR」を観た後にぜひ。

室内楽でも精力的な演奏活動を展開している二人のソリスト、ゴーティエ・カプソンとユジャ・ワンがラフマニノフのソナタト短調を録音した。デュオを組んでの活動歴が長い二人だけに呼吸がぴたりと揃っており、特に第一楽章の音楽的な一体感と推進力は見事である。チェロとピアノのバランスも自然で、音色はとても柔らかく、弱音の精妙かつ透明な響きが美しい。

2011年にドイツグラモフォンと契約してモーツァルトのアルバムをリリースした時、リシエツキはまだ15歳。若いアーティストを積極的にサポートするDGレーベルの姿勢を象徴するエピソードである。その後注目すべき録音を相次いでリリースしているが、このメンデルスゾーンの演奏からも抒情性と活発な推進力が伝わり、感性の豊かさが溢れている。2018年ワルシャワ大劇場他で録音。

ドイツ・グラモフォンは若手アーティストの登竜門としても重要なレーベルの一つで、たんなる人気集めのための企画ではなく、明確なコンセプトで統一感のあるアルバムを作ることが多い。エミリー・ダンジェロのDGデビュー盤も選曲に独自性があり、ダンジェロの個性が明確に浮かび上がる構成が秀逸だ。フォン・ビンゲンの作品を現代の作曲家がアレンジした曲を含め、すべて女性作曲家の作品で構成。ベルリンのイエス・キリスト教会の豊かな残響を生かして時代や場所を超越した深みのある響きを引き出している。

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