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ワーナー・クラシックス 躍進のライジングスターの名演奏・名録音

オーディオファンから絶対的な支持を得るオーディオ評論家、麻倉怜士のセレクト企画。今回は、ワーナー・クラシックスが世界に誇る豊富なカタログから「躍進のライジングスターの名演奏・名録音」と題して珠玉の作品をセレクト。「ピアニスト」、「ヴァイオリニスト」、「室内楽団、「歌手」のテーマに沿ってピックアップ。是非この機会に、オーディオファン必聴のハイクオリティな音と超一流の演奏をご堪能いただきたい。

ワーナー・クラシックスには「新人を育てる」という明解な方針がある。新人こそ、これからのクラシックシーンを活性させる原動力だからだ。2015年から「ライジングスター」という新人発掘、プロモーション活動を積極的に行い、ワーナー・クラシックスおよびエラートレーベルにて積極的に新アーティストとの契約を進めてきた。2015年のフランスのソプラノ、サビーヌ・ドゥヴィエルのモーツァルト集を嚆矢として、リリースされている。本特集では、それを汲まなく聴き、特に素晴らしいと判断したアルバムをセレクトした。

①ピアニストはイタリアのベアトリーチェ・ラナ、日本の小林愛美、アメリカのジョージ・リー、韓国のJi(ジ)、アメリカのエリック・ルー、ドイツのソフィー・パチーニ、フランスのベルトラン・シャマユ、ジョージア(旧グルジア)のマリアム・バタシヴィリ。

②ヴァイオリニストは韓国のイム・ジヨン、ウクライナのディアナ・ティシチェンコ、アメリカのベンジャミン ベイルマン。

③アンサンブルはドイツの「サリュー・サロン」、フランスのベルトレ姉妹、フランスのアロド弦楽四重奏団。トランペットはイギリスのアリソン・バルサム。

④歌手はフランスのサビーヌ・ドゥヴィエル(ソプラノ)、エルザ・ドライジグ(ソプラノ)、マリアンヌ・クレバッサ(メゾソプラノ)。カナダのマリー=ニコル・ルミュー(コントラルト)。

──という新進気鋭のアーチスト達の、いずれも素晴らしい名演、名録音だ。ぜひ聴こう。



ピアニスト

イタリアのピアニスト、ベアトリーチェ・ラナは1993年にイタリアの音楽一家に生まれた。4歳から音楽の勉強を始め、9歳でバッハのヘ短調協奏曲でオーケストラと共演。ニーノ・ロータ音学院で16歳にてピアノの学位を取得。2013年6月にはヴァン・クライバーン国際コンクールで2位賞と聴衆賞を獲得。2011年のモントリオール国際コンクールに入賞……と、快進撃を続けている。

本アルバムのラヴェル:『鏡』と『ラ・ヴァルス』、ストラヴィンスキー:『火の鳥組曲』、『ペトルーシュカからの3つの楽章』という選曲は2019年3月、ベアトリーチェ・ラナがカーネギーホールでデビューした時に演奏した曲。「驚異的なテクニックが音楽的知性で際立っている」と、各紙で絶賛された。

ラヴェル:『鏡』は軽妙洒脱にして、めくるめくような色彩感。高弦の強打が音場にきれいな波紋を描きながら、響きに拡散していく様子がリアルだ。響きは多いが、それ自体がクリヤーで、見晴らしは良い。研ぎすまされたピアノの音、ハーモニーも美しい。第4曲 『道化師の朝の歌』の右手の連続連打は驚異的。『ラ・ヴァルス』は繊細にして、彩度感も高く、まさに豪華絢爛。2019年6月19-20日、9月5日、ベルリン、テルデックス・スタジオで録音。


ベアトリーチェ・ラナは『ゴルトベルク変奏曲』も素晴らしい。ひじょうに明瞭、明解で、輪郭がキラキラと輝く、まさに「ピアノのためのゴルトベルク」だ。この小気味よく、新鮮で鮮烈なピアニズムには、かつてのグレン・グールドが大胆に躍動するゴルトベルクを登場させたセンセーションをも彷彿させる。

タワーレコードのMikikiサイトで、音楽ジャーナリストの後藤菜穂子さんの質問に、こう答えているのが、興味深い。「モダン・ピアノでバッハを弾くことについては、私自身、チェンバロも大好きですし、弾いたこともありますが、私にはピアノのほうがしっくりくるのです。たとえば対位法を音色の違いによって出すことにおいては、ピアノのほうが有利だと思います。もちろん、ふさわしい様式感で弾いた上でのことですが」

録音も演奏スタイルと同じ鮮明で、鮮鋭。響きをたっぷりと放出しているが、ピアノの音像はクリヤーで、ボディが充実。宝石のように煌めく倍音が、ソノリティに豊かな色彩感を与えている。バッハがチェンバロのために書いた曲だが、ピアノではこれほどの多彩な表情と情報性が引き出されるかに、驚嘆する。第7変奏の右手の速いパッセージのコケティッシュなラブリーさが素敵。弾力性に富んだ、絢爛なゴールドベルグだ。2016年11月7~9日、ベルリンはテルデックス・スタジオで録音。


2021年10月、第18回ショパン国際ピアノコンクール第4位入賞で話題のピアニスト、小林愛美。3歳からピアノを始め7歳でオーケストラと共演、9歳で国際デビューを果たす。2008年、12歳でニューヨークにてレコーディングし、2010年にEMI CLASSICSから「デビュー!」でCDデビュー。2011年にはセカンドアルバム「熱情」をリリース。2018年ワーナークラシックスとインターナショナル契約。同年4月に、本アルバム「ニュー・ステージ~リスト&ショパンを弾く」をリリース。

曲目はショパンの『ピアノソナタ第2番変ロ短調』をメインに、リストのピアノ曲が脇を固める。ピラミッド型の周波数特性で、安定した低音からクリヤーな高音まで、ワイドレンジに展開している。低音から雄暉で、体積感の大きな音だ。ピアノ音像は大きく、アンビエントがロマンティックな香りをピアノに与え、より美的になる。それも表面的なキラキラではなく、深さと緻密さを感じさせ、知と情と意がハイバランスした響きだ。2017年8月17-19日、ボストンのWGBH Fraser Performance Studioで録音。


2015年、第15回チャイコフスキー国際コンクールで第2位を獲得した中国系アメリカ人ピアニスト、ジョージ・リーのチャイコフスキー:『ピアノ協奏曲第1番変ロ短調』とリストのピアノ曲集。ピアノの突き上げがシャープにして、オケの弾けが刮目。尖鋭でくっきりだ。オケもピアノも安定感が高く、ディテールまでよく解像する。低弦のスタッカートが存分の迫力で、なるほどこの場面で、このように低音が響きを支えているのかという作曲者の意図が明瞭に分かる。

ライヴ収録とは思えないクリヤーさ。音に張りとテンションがある。透明な空気感にて、音場の見渡しがよい。ステージも奥行きが深く、オーケストラも含め、各楽器の音像も明瞭で立体的だ。 第1楽章のオーボエソロは、空気感が豊潤で、音色の美しさが際立つ。チャイコフスキーは2019年3月、ロンドンはロイヤル・フェスティヴァル・ホールでのライヴ、リストは2019年7月5日、ボストン、WGBHフレイザー・パフォーマンス・スタジオでセッション録音。


ジョージ・リーをもう一作。サンクトペテルブルグはマリインスキー劇場でのライヴだ。ハイドン、ショパン、ラフマニノフ、リストのピアノソロ曲集。まずマリンスキー劇場のソノリティが素晴らしい。広く拡散するピアノの響きが深く、美しい。ラフマニノフ:『コレッリの主題による変奏曲』の冒頭は、音数が少ないから、それらのひとつひとつが、きれいな響きの軌跡を伴い、大きな会場に消えていく様が、臨場感豊かに聴けた。ジョージ・リーのピアニズムはうねりを伴い、軽妙、重厚、そして躍動的。

そのピアノ音は表面的には輪郭はすべらかで、角にも少しアールが与えられるが、実に内実の体積が大きく、微粒の音の粒子が高充填された、重くて同時に美的で知的な音だ。ショパン:『ピアノソナタ第2番第3楽章』の中間部変ニ長調部は甘美さの中にも、怜悧な輝きが聴けた。2016年10月4-5日、サンクトペテルブルグ、マリインスキー劇場でライヴ録音。


Ji(ジ)は韓国生まれ、アメリカで学んだピアニスト。ワーナー・クラシックへのデビュー作に選んだ『ゴルトベルク変奏曲』は天下のグルード演奏が睥睨しており、その後のピアニストはいかにグールドと異なる個性を訴えるかに腐心してきた。この韓国の新進ピアニストのデビューアルバムは、バロック的な即興感を打ち出している。

例えば第2変奏の始まりは、レガートで個々の音を立てずにフレーズ単位で歌わせるが、リフレインではがらっと変わり、頭の音にスフォルツァドし、即興的なフレーズも闊達に入る。その後のバリエーションでは進行とともに、気分的な感興が加わり、ジャズ的なシンコペーションも随所に入る。先が読めない面白さがあり、意外性に打たれる演奏だ。フレージングや随所の装飾音がチェンバロを彷彿させ、強音の中にも、静かにして強固な意志を感じさせる。2017年8月、ボストン、Fraser Performance Studioで録音。


2018年のリーズ国際ピアノ・コンクール優勝者エリック・ルー(1997年生まれ、アメリカ)のショパン、ブラームス、シューマン集。ルーは17歳の時にはショパン国際コンクールで第4位を獲得している。

しなやかで、繊細な音色だ。クリヤーだが決して冷たくなく、温度感の高い感触にて、抱擁力が深い。『前奏曲』24曲を個個のキャラクターに合わせて、音色や表現の機微を変える。7番目のイ長調はラブリーで暖かい。第9番ホ長調はソフトで豊か。11番ロ長調はクリヤーに煌めき、12番変ニ長調『雨だれ』は、まさに雨粒が輝く。16番変ロ長調は絢爛でシャープ。センターのピアノ音像は大きいが、音像形成は緻密だ。響きの量と明瞭性も両立する。2019年10月28-30日、ベルリンのテルデックス・スタジオで録音。


ソフィー・パチーニのワーナー・クラシックス第2弾。シューマンとその妻クララ、メンデルスゾーンとその姉ファニー---この4人の作品の関連性をテーマにしている。ライジングスターシリーズは、単に名曲を並べるのではなく、複数の作曲家の関係を元に音楽を展開していくというロマン的なストーリーテリングが面白い。のちほど紹介するフランスの新進ソプラノ、サビーヌ・ドゥヴィエルの『Mozart & The Weber Sisters』はモーツァルトと恋愛関係にあったウェーバー姉妹(コンスタンツェは後のモーツァルト夫人)との物語を紡ぐアルバムだ。

ソフィー・パチーニに戻ると、シューマンがクララに贈った歌曲『献呈Op.25-1』(リスト編曲)は、一音一音を慈しみ、振幅の大きな感情表現にて、大胆でダイナミックなロマンティシズムを表現している。そのメッセージ性は華やかで艶やか。

シューマンの『幻想小曲集作品12』 第1曲『夕べに(Des Abends)』 も夢見るような、熱き感情が溢れる。第2曲『飛翔(Aufschwung)』は一転して、躍動的で、ヴィヴットな生命力が迸る。第7曲『 夢のもつれ(Traumes Wirren)』は“指のもつれ”とピアノ業界で囁かれる難曲だが、ソフィー・パチーニはもつれを楽しんでいるかのように軽快で、愉しげな指の飛翔を聴かせてくれる。第8曲『歌の終わり』は、堂々としたフィナーレ。ロマンティックで洒脱だった本作品を振り返り、瞑想的に終わる。演奏のコンセプトと録音の音づくりが連携し、暖かく潤いに満つる音。2017年8月、ドイツ、ノイマルクト、Historischer Reitstadelで録音。


トゥールーズ出身、1981年生まれのフランスの人気ピアニスト、ベルトラン・シャマユ。毎年5月の東京のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャパンでもお馴染みだ。シャマユのエラート専属契約第1弾アルバムはシューベルト集だ。

シューベルト:『幻想曲ハ長調『さすらい人D.760』ではスケールの雄大さと目配りの細やかさ、『3つの小品(即興曲) D. 946』では何かに追い立てられる様な焦燥感、シューベルト=R・シュトラウス:『クーペルヴィーザー・ワルツ』ではウィーン風のチャーム---が素敵。どこまでも透明で、クリヤーで清潔なピアノだ。響きと直接音のバランスがよい。剛性がしっかりとしたピアノ音。2013年11月に録音。


ジョージア(旧グルジア)出身のピアニスト、マリアム・バタシヴィリのデビュー・アルバム。2014年、オランダ、ユトレヒトで開催されたリスト国際ピアノコンクールで優勝、以降「リストのスペシャリスト」として評価されている。本アルバムは得意のリストと親友のショパン作品集。

冒頭の『詩的で宗教的な調べ』第3番『孤独のなかの神の祝福』からして、すでに濃厚なロマンの香りに包まれる。リストがショパンの民族的な歌曲を演奏会用小品に編曲した『6つのポーランドの歌』では歌いのラブリーさ、深い共感性が聴けた。 『コンソレーション』は抒情的で、夢見る想いが濃い。味わい系の暖かくピアノを包む響きが素敵。

2019年2月、ベルリンはイエスキリスト教会と2019年3月、ロンドンはBBC Maida Vale Studioで録音。


ヴァイオリニスト

1995年にソウルで生まれのイム・ジヨンのモーツァルトとベートーヴェンのソナタ集。2015年のエリザベート王妃国際音楽コンクールで優勝を勝ち取ったヴァイオリニストだ。

「瑞々しい」とは、本演奏のもっとも正鵠を射た表現だろう。明確な音楽性に支えられた一音一音の確固たる意志、音の輝かせ方、フレージングは未来の大器を予感させる。緻密で闊達、そして弾力性に富んだ音色は、耳の快感だ。

録音もピカイチ。ヴァイオリンもピアノもきわめてクリヤーで、リスナーとファイルの中の演奏者たちの間には何の遮蔽物がないかのような、もの凄く生々しい臨場感。ヴァイオリンとピアノの鮮明な音が翼を得て、空間を自由闊達にスキップしながら飛翔しているようだ。響きもたいへん美しく、聴き惚れる程なのに、同時に直接音も豊かで、演奏と同様の音の明瞭さが全体に貫かれている ヴァイオリン・ソナタのアルバムには、音響的にヴァイオリンとピアノに違う質感を与えているものもあり不自然だが、本録音はふたつの楽器がまさに同一空間にて演奏し、ソノリティがまったく同じという、臨場感的な同一性が確保されている。1708年製のストラディヴァリウス『Hugins』を演奏。2016年12月、ベルリン、テルデックス・スタジオで録音。


ディアナ・ティシチェンコは1990年、ウクライナ生まれのヴァイオリニスト。2018年のロン=ティボー=クレスパン国際コンクール、ヴァイオリン部門で優勝を飾った。18歳の時にマーラー室内管弦楽団に入団、最年少コンサートマスターに選ばれた。室内楽奏者としても高く評価されている。本作はライジングスターでのデビュー・アルバム。

ラヴェル:『ヴァイオリン・ソナタ第2番ト長調』では、楽曲の持つエキゾティックな妖艶さを巧みなテクニックと華麗な色彩感で見事に描く。ピアノの燦めき、ヴァイオリンのコケティッシュなユーモアが愉しい。エネスク:『ヴァイオリン・ソナタ第3番イ短調』でのエスニックな憧憬、イザイ:『無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番ニ短調バラード』の細密パッセージのキレ味、 『プロコフィエフ:ヴァイオリン・ソナタ第1番ヘ短調』の異様で陰鬱な雰囲気---と、さまざまな表情が聴ける。

尖鋭で鮮明な音質も素晴らしい。研ぎすまされたシャープな響きが音場に広く拡散する。その明晰さと音の情報性の機微は、オーディオ・チェック音源としても使えそうだ。2019年6月3-5日、フランス、アルフォールビルで録音。


アメリカのヴァイオリニスト、ベンジャミン ベイルマン(1989年11月、ワシントンD.Cで生まれ)のワーナークラシックス契約第1弾。シューベルト:『ヴァイオリンとピアノのためのソナタ』ではたおやかな表情、ヤナーチェク:『ヴァイオリン・ソナタ』の民族性と暴力性、ストラヴィンスキー:『ディヴェルティメント~妖精の口づけより』の躍動的な幻想、クライスラー:『ウィーン風狂詩的小幻想曲』のウィーン小唄の幻(まぼろし)---と、作品性によって、驚く程の多彩な切り口を聴かせてくれる。19世紀ロマンのウィーンから始まり、ロシア、東欧を経て、幻影にしかない20世紀のウィーンで終わるという、にくい選曲だ。

ピアノもヴァイオリンもひじょうにクリヤーで、しかも温度感が高い。低音方向まで豊潤なピアノに乗り、粒立ちの細やかなヴァイオリンが麗しの音色を聴かせる。響きと直接音のバランスも好適。2015年8月18-21日、ボストンのFraser Performance Studioで録音。


室内楽団

ドイツ・ハンブルクの「Salut Salon(サリュー・サロン)」は、弦3人とピアノで構成される女性4人のアンサンブル。サン=サーンスの『動物の謝肉祭』をベースに、多彩な動物に関連した映画やポピュラー曲を組み合わせ、さらに独自の編曲よって、まるでサーカスか曲芸のような華麗なファンタジーを聴かせてくれる。 イベール:『白い小さなろば』、アフリカ歌謡:『マライカ』、J.ウィリアムズ:映画『ジョーズ』、J.S.バッハ:『羊は安らかに草をはみ』……と、まさに古今東西の動物カーニバルだ。インストルメンタルに加えアフリカの歌も入り、中東風の音階も聞こえるというバラエティさ。

実に鮮鋭な音だ。輪郭が鋭く、細部まで明晰に見える。立ち上がりが鋭く、スピードがひじょうに速い。切れ味抜群。ピアノの硬質な輝き、弦のマッシブ感も快感。2015年9月、ハンブルクは、クラウド・ヒルズ・レコーディング・スタジオで録音。


フランスはジュリーとカミーユのベルトレ姉妹の3枚目のアルバム。妹カミーユがヴァイオリンとチェロ、姉ジュリーはヴァイオリンとヴィオラを弾く。すでにフランスでは大人気で、アイドル的扱いという。ブラームスからシューベルト、ウィーン小唄、クロード・フランソワ:『いつものように』(フランク・シナトラの「マイウエイ」の原曲)……と、クラシックからポピュラーまでの16曲の多彩な名曲集だ。弦楽デュオとピアノのクラシカルな『マイウエイ』も素敵だ。バックとしてサポートを務めるのは、エベーヌ弦楽四重奏団のヴィオラ奏者だったマチュー・ヘルツォク。2017年7月、パリのスタジオRiffxで録音。


今、国際的に大きな注目を集めている フランスの若手カルテット、アロド弦楽四重奏団。2013年に結成し、2016年には早くもミュンヘン国際音楽コンクールで優勝した俊英たちだ。“アロド”とは映画「ロード・オブ・ザ・リング」に登場する馬の名前。

本アルバムのタイトルはMendelssohn。彼らが初めて会ったときに、一緒に演奏したのが、メンデルスゾーンの弦楽四重奏曲第2番イ短調作品13だった。だからデビュー録音はメンデルスゾーンになった。弦楽四重奏曲第4番ホ短調作品44-2、弦楽四重奏の4つの小品作品81、メゾ・ソプラノのマリアンヌ・クレバッサをゲストに迎えた『12の歌』作品9-1『問い』---だ。

4人がそれぞれ主役を張っているように強い主張で奏され、4人とも自身の確固たる音楽観を貫いている。緩急自在で決然とした音楽進行。ひじょうに輪郭が鋭く、まさにエッジが効いた新鮮で生々しいメンデルスゾーン。切り口から鮮烈な血が噴き出すような勢いだ。

本特集でも紹介しているゲストのメゾ・ソプラノのマリアンヌ・クレバッサは、クリヤーで感情豊か。2017年5月、フランスはカレー県のアラス劇場で録音。


もはやライジングの枠を超え、すでに世界的な名トランペット奏者として名高いアリソン・バルサム(イギリス)が吹くナチュラル・トランペット。ブライトに突き抜け、天まで届くような鮮鋭な名演集だ。ナチュラル・トランペットで吹かれるバロック名曲のJ.S.バッハとテレマン、ヘンリー・パーセルに至る愉悦のブリリアントサウンド。

バックのバルサム・アンサンブル(ピリオド楽器アンサンブル)でも複数のナチュラルトランペットが吹かれる、弦楽と6本のトランペットとティンパニのための編曲版『王宮の花火の音楽』は、まことに華麗で、金管の響きが耳の快感。典雅なサロンにいて自由闊達な音の流れに浸っているような愉しさだ。サウンドは徹底的に音像指向だ。明解なイメージを持つソロトランペットが主役を張り、バックのアンサンブルも実に鮮明だ。教会録音だが、響きより直接音指向。音色は華麗でゴージャス、透明感が高くクリヤーだ。2019年8月27-29日、ロンドンはハムステッドのセント・ジュード教会で録音。


歌手

1991年、フランス生まれのエルザ・ドライジグ(ソプラノ)。2016年にプラシド・ドミンゴの「Operalia in 2016」で一位を獲得している。本タイトルの「Miroirs」とは「鏡に映った姿」。例えばロッシーニ:歌劇『セビリャの理髪師』で若き溌剌としたロジーナが、モーツァルト:歌劇『フィガロの結婚』では結婚生活を経て憂鬱な伯爵夫人に変貌するという女の人生を歌う。魅力的な複構造だ。

人の二面性というユニークなコンセプトをエルザ・ドライジグは弱音の繊細さ、強音の突き抜け感、強靱さ、低域の包容感、コロラトゥーラの高音の尖鋭さ……という多彩な表現力を駆使し、濃密に語る。溌剌とした弾力に満ちたロジーナの『今の歌声』のフィナーレの高音は耳と体の快感だ。後年に伯爵夫人になったロジーナの『愛の神よ』の心労と憂鬱表現も見事。オーケストラも明瞭で響きも豊か。2018年4月16-21日、フランスはモンペリエのル・コルムで録音。


容姿と芸術性に類い希なほど恵まれたフランスの新進ソプラノ、サビーヌ・ドゥヴィエル。モーツァルトと恋愛関係にあったウェーバー姉妹(コンスタンツェは後のモーツァルト夫人)にちなんだ楽曲集だ。

第1目『ブチリアン』(Les petits riens)序曲からハイレゾ爆発。ニ長調の弾けるようなヴィヴットな音楽を圧倒的高解像度と、スピード感で聴かせてくれる。小編成らしく、すみずみまで音の気配感がありありだ。第2曲『キラキラ星』で知られる『ああ、お母さん聞いて』”Ah, vous dirais-je maman”はピアノフォルテ伴奏。透明感が高く、表情が豊か、なにより艶艶したフレッシュな輝きが、耳の快感だ。ふくよかで鋭いコロラトゥーラが耳の奥をくすぐってくれる。一方で『魔笛の夜の女王のアリア』では、キレ味満点の鮮鋭さ。登場感満点の魅惑的で、健康的な新進ソプラノだ。

ピリオド楽器オーケストラのアンサンブル・ピグマリオン(指揮はラファエル・ピション)との協演。オーケストラやピアノフォルテも明瞭度が高い。2015年1月、パリ、ノートルダム・デュ・リバン教会でのセッション録音。


「ライジング・スターズ」でデビューしたフランスの若きメゾ・ソプラノ、マリアンヌ・クレバッサが、人気作曲家/ピアニストのファジル・サイとタッグを組んで放つ第2作目は、洒脱なフレンチ・ソングズ。 ドビュッシー:『ビリティスの3つの歌』、ラヴェル:歌曲集『シェエラザード』、ドビュッシー:『3つの歌曲』、ラヴェル:『ハバネラ形式のヴォカリーズ』、フォーレ:『ルネ・ド・ブリモン男爵夫人の詩による歌曲集』、デュパルク:『4つのメロディ』、 ファジル・サイ:『ゲズィ・パーク3』と、近代フランス歌曲の名曲の数々。

官能的でエキゾティック、ささやくような、艶艶とした快感的な声には、思わずぞくぞくと来る。ファジル・サイのピアノも繊細。音色が華麗。情緒感と色彩感が豊かで、声と同様にセクシーだ。まさに『秘め事』だ。


マリー=ニコル・ルミューは1975年生まれ、カナダのケベック出身の声楽家(コントラルト)。2000年に世界三大コンクールの一つ、エリザベート王妃国際コンクールで優勝している。

本アルバムはエルガーとショーソン、ジョンシエール(世界初録音)、3人の作曲家の、海に因んだ管弦楽付き歌曲集だ。コントラルトというと“地味な低い声”というイメージだが、マリー=ニコル・ルミューはグロッシーでパワフルだ。ワーグナー歌手的な圧倒する強靱な声と細やかな表現力が聴ける。クリヤーで、彩度が高く、磨かれた声だ。コントラルトとしての中低域のスケール感も雄大だ。音場への声の響きの拡散が美しく、オーケストラもグロッシーな音色感を聴かせる。2018年10月8-12日、フランスはボルドー・アキテーヌ・オーディトリウムで録音。


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